僕は家柄を重んじる家に育った。
その反発なのかなんなのか、やたら好奇心旺盛な少年に育った。


年が経つにつれ、人と興味が合わないと感じていた。


"ikigurushii"


育っていったが、話が合うのはたいてい年上の人か
ネットを通じて知り合った人。

まだ見ぬ世界を知る人たちから得る刺激、しげき、
痛感する自分のちっぽけさ!!

「まだまだまだまだ」
「もっともっと」
「精神的に向上心のないものはバカだ」

高校生の頃から変わることのない向上心。

その一方でなかなか満たされない現実世界。


子供の社会、青年の社会、大人の社会


どこに行けばいい?


「家柄」の影響もあり、その結果として
青年はやたらと丁寧にふるまうようになった。
そうすればきっと誰にも嫌な気分にはさせないだろうとでも
思ったのだろう。
だが、年を取るごとに感じた。

丁寧にふるまったり、余計に気を遣うことは
結局フランクという一番の理想とするものと一番対極に
あるのだろいうことを。

もういい加減変わらないと。


さようなら、かぶっていた猫


少なくともバーチャルでは行き過ぎた気なんて遣う必要は
ないのだ。